水煙土器をモチーフにしてみたが・・・。
上野の国立博物館に展示されていた縄文土器に出逢って、「なんだ これは!」と衝撃を受け、以降は著述活動で縄文の芸術性を高らかに謳い上げ、また彼自身の作品に大きな影響を受けていく。
太郎が衝撃を受けた縄文土器は、中期(五千~四千年前)の八ヶ岳周辺から出土する「水煙土器」だったそうだ。越後の豪壮な火焔土器に対し、信州から甲州にかけて出土する水煙土器は、女性的で優美な姿。個人的には火焔土器より、独特の動きのある水煙土器の方が芸術性は高いと思う。
縄文芸術の影響を受けた太郎の作品の代表作が、1970年に開催された大阪万博のシンボルであった「太陽の塔」だろう。
近代科学主義を象徴するモダンなパビリオン群にあって、万博会場の中央に聳えていたのが、土俗的でアンチモダンな原始の太陽のモニュメント。
発表当時に関係者からは酷評されたらしいが、万博が始まってみたら最も人気のあったパビリオンが太陽の塔だったそうで、全てのパビリオンが万博終了後に解体されていったが、唯一現在まで残っているのも太陽の塔である。
水煙土器をモチーフにした石笛
そんな訳で、太郎は縄文土器(芸術性を)を発見した功労者という評価さえある。
後年にある新聞記者が、「岡本先生が最初に縄文土器を発見されたそうですが、どこで発掘されたのでしょうか?」と真面目に質問されて、太郎は「上野の博物館だよ」と答えたそうだ。
その水煙土器をモチーフにした作品を作りたいと長年構想を練ってきたが、ついに形になった。
蛇紋岩を素材にした石笛である。
小さくて難しい・・・。造形技術も稚拙だし、デザインだって中途半端だ。
もっと自由に、もっと大胆に、攻めろ攻めろ!と自分を鼓舞したが、情けない事に固定観念が邪魔している。
次回作はもっともっと大胆な作品にしてみたい。
投稿者プロフィール

-
ヒスイの故郷、糸魚川市のヒスイ職人です。
縄文、ヒスイ、ヌナカワ姫の探偵ごっこをメインにした情報発信と、五千年前にヒスイが青森まで運ばれた「海のヒスイ・ロード」を検証実験する「日本海縄文カヌープロジェクト」や、市内ガイド、各種イベントの講師やコーディネーターをしています。
最新の投稿
災害(輪島漆器義援金プロジェクト・ボランティア・サバイバル)2025年10月20日「自分にできること」・・・能登半島地震ボランティア
糸魚川自慢2025年10月19日大人になった気分デス・・・充電式ブロアーと「あさひ楼」のラーメン
ぬなかわヒスイ工房・ヒスイ2025年10月17日現代の勾玉のつくられ方・・・時代おくれのヒスイ職人の独り言
糸魚川自慢2025年10月13日縄文キッズ養成講座「丸木舟体験会」・・・糸魚川の浜言葉でオモテナシ