カタチの実存性・・・絶滅危惧種職人の遠吠え
現代の名工鍛冶師が鍛造した文鎮を飾る丸玉を依頼された。
戦国時代は鉄砲鍛冶、江戸時代は刀工、明治から鋏鍛冶となったご先祖を持つ依頼者の伝統工芸士は、鋏を注文しても2年待ちという名高いお方。
依頼されたのは、名のある書道家や華道の家元、茶道の宗匠のような方々の文机に鎮座するであろう高級品の絹紐を止める丸玉。
鋼鉄を切出して研磨しただけの百円ショップの文鎮と、職人が昔ながらの鍛造で手作りした文鎮、どちらも機能と言う点では同じだし、値段も比較にならないだろうが、それでも昔ながらの鍛造した文鎮を求める人はいるとのことで、私もそんなヒスイ仕事がしてみたいもんだ。
現代の丸玉の大部分は、お好み焼きの鉄板のような沢山凹みのある鋼鉄の皿に粗く面取りした石を入れ、鋼鉄の蓋を被せた丸玉加工機を強制振動することで丸く作られ、大量生産されている。
数珠などに使用される丸玉の大部分はこの方法で作られた量産品だが、職人の手作り品と比べると綺麗な球体ではある。
それでも大量生産品は、個人的には品格と言う点で疑問符が付く。
異業種でヒスイに詳しくない方なので、色んなタイプのヒスイや薬石で丸玉を作ったが、通す絹紐がぴったり収まる工夫をしてある。
量産品と比べて多少は歪であっても、人が丸くなって欲しいと意識を注ぎ込みながら、石を回転させて成形・研磨する運動経験が産み出す存在感が品格を生むのではないか?
カタチがカタチ作られていった実存性は、私の課題の一つでもある。
それが手の温もりではないか?と、生意気にも名人と世に知れた異業種の大先輩に購入品の量産丸玉を見せて思う処を述べたら、人の手で作った丸玉が欲しいとのこと。
当たり前と言えば当たり前で、鍛造品の文鎮には量産丸玉は似合わないと、個人的には思う。
私好みのお茶人の感性というやつで、こういう考えを当たり前とする大先輩と共に作り上げていけるのは職人冥利。
丸けりゃ丸玉ではないのだよ!勾玉のカタチになってさえすりゃ勾玉ではないのだよ!とは時流に逆らう絶滅危惧職人の遠吠えだが、やせ我慢してでも遠吠えを続けていれば、異業種であっても同族に会えるのですね。
苦労して高山に登るのと、ヘリコプターで山頂に立つのは同じか?
富士山に滲み込んで長年伏流して湧き出した岩清水と、下水は化学式はH2Oでも同じ水なのか?
食事で栄養を身に付けるのと、サプリメントを飲んで身に付けるのは同じか?
現代社会は大事なことを忘れているように思う・・・これも絶滅危惧種人間の遠吠え。
投稿者プロフィール

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ヒスイの故郷、糸魚川市のヒスイ職人です。
縄文、ヒスイ、ヌナカワ姫の探偵ごっこをメインにした情報発信と、五千年前にヒスイが青森まで運ばれた「海のヒスイ・ロード」を検証実験する「日本海縄文カヌープロジェクト」や、市内ガイド、各種イベントの講師やコーディネーターをしています。
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