ソ連軍に慰安婦として差し出された乙女たちの涙・・・ドキュメンタリー映画「黒川の女たち」

今日は昭和の日だそうだが、忘れちゃこまるのが戦争体験者たちの証言の数々。将兵ばかりが戦争体験者ではない・・・

生半可な気持ちでは観ることのできないドキュメンタリー映画「黒川の女たち」が完成したそうだ

 

終戦間際に不可侵条約を破ったソ連軍が満州に侵攻し、「無敵皇軍」は国境にわずかな部隊に死守を命じて橋を爆破して逃亡し、26万人以上はいたらしい在留邦人は置き去りにされた。
 
満州地区で置き去りにされた在留邦人のなかには、熊本の満蒙開拓団のように集団自決した例も多かったようだが、岐阜県黒川村の満蒙開拓団は、15人の未婚女性たちをソ連軍に慰安婦として差し出して保護をうけた。
「無敵皇軍」のなかには立派な将軍もいて、蒙古地区を守備する根本博中将は8月15日の終戦後の武装解除命令に抗明し、倍以上の兵力のソ連軍に対し知略を尽くした獅子奮迅の戦いで食い止めている間に、4万人の在留邦人を列車で後方に避難させて、蒋介石の支援をうけて早期帰国を実現した神様みたいな人。

話しをもどすと、映画とは別になるが慰安婦にさせられた女性の証言はこちら

【戦時下の性被害】95歳が初めて語る 78年間苦しみ続けた戦争の記憶 #黒川開拓団 #中京テレビドキュメント

帰国後の黒川村民は、村のために我慢してくれと慰安婦にさせられた女性たちの事実を隠蔽し、感謝のひと言もなくキズモノとさげすんだので、彼女たちは黒川村を離れざると得なかった。

高齢になってから実名で公表した女性もいたが、マスコミは興味本位に報道したし、心ないバッシングも多かった。
 
黒川村の遺族会が彼女たちに謝罪したのは、戦後78年も経ってからだ。
 
彼女たちは賠償責任を問うているのではない。国策で移住した異国の地で無情にも軍隊から見捨てられた事実、歴史の闇に葬られた哀しみの事実を知ってほしいのだ。
 
 

投稿者プロフィール

縄文人見習い
縄文人見習い
ヒスイの故郷、糸魚川市のヒスイ職人です。
縄文、ヒスイ、ヌナカワ姫の探偵ごっこをメインにした情報発信と、五千年前にヒスイが青森まで運ばれた「海のヒスイ・ロード」を検証実験する「日本海縄文カヌープロジェクト」や、市内ガイド、各種イベントの講師やコーディネーターをしています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です