縄文人は蛇紋岩からマムシを連想した?!・・・北塚遺跡の折れた石斧から再加工された大珠の謎
長者ヶ原遺跡の他に、指輪型石製品が金沢市の北塚遺跡からも出土していると研究者から教えられた。

糸魚川市の長者ヶ原遺跡出土の指輪型石製品

金沢市ホームページより
出土状況を調べたら、土壙墓ではなく土壙からの出土とのことで、長者ヶ原遺跡と同じく祭祀につかって埋納された可能性がたかそうだ。
土偶とちがって壊されてないことも共通点。
指輪型石製品以上に興味をひいたのが、右端の折れた蛇紋岩製の石斧を大珠につくりかえた遺物で、折れた石斧を大珠に再加工した理由に興味津々。
蛇紋岩の磨製石器が副葬されることもあるのだが、この場合は亡くなった使用者への敬慕もあるのだろうか?
研究者とメールでやりとりして閃いた!
蛇紋岩は名前の通りにヘビのような模様がある。
もしや中期の中部高原地帯でマムシを思わせる文様を土器に施文したように、縄文人は蛇紋岩のヘビ模様にこそ神秘をかんじていたのでは???
糸魚川産の蛇紋岩の磨製石器が各地に運ばれたブランド品であったことは知られているが、石材の性能面だけで説明するのは近代合理主義というもので、その模様こそが価値だったと考えるのも一興だ。
蛇紋岩帯ではない地域の縄文人が「オラ、ヌナカワのクチハミ石の石斧をゲットしたぁ!みんな見てけろ!」と、自慢する姿を想像すると楽しいではないか。
注)ヌナカワは糸魚川の古語・クチハミはマムシの古語
もちろん想像の域を出ないから断定はしないヨw
金沢市付近の蛇紋岩帯の有無や、出土した磨製石器の石材も調べてみたいもんですな。
わたしは蛇紋岩の推し活をしているので、周囲にファンが増えているが、温石にもつかわれた蛇紋岩の魅力を復活させたいネ。
ヒスイばかりが糸魚川の石ぢゃないぜ。
投稿者プロフィール

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ヒスイの故郷、糸魚川市のヒスイ職人です。
縄文、ヒスイ、ヌナカワ姫の探偵ごっこをメインにした情報発信と、五千年前にヒスイが青森まで運ばれた「海のヒスイ・ロード」を検証実験する「日本海縄文カヌープロジェクト」や、市内ガイド、各種イベントの講師やコーディネーターをしています。
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