祈り・・・東日本大震災の遺体安置所を描いた異色映画「遺体 明日への十日間」
東日本大震災のルポルタージュを映画化したのが、「遺体 明日への十日間」で、あえて地震や津波の映像なしで、発災翌日に設置された釜石市の遺体安置所の10日間を、淡々としたドキュメンタリータッチで描いた異色作品。

未曾有の巨大地震と津波に襲われた釜石市は、いちはやく遺体安置所を設置したが、余震がつづき、断水・停電した中、ブルーシートに包まれた泥だらけの遺体がつぎつぎと運びこまれる惨状に、担当の市職員たちは茫然自失となる。

そんななか、西田敏行演じる元葬儀屋の民生委員が遺体安置所を訪れ、遺体がぞんざいに扱われていることに愕然とする。
「死体」ではなく「ご遺体」と呼び、死後硬直した遺体に「辛かったねぇ、寒かったねぇ」と話しかけてはマッサージをして硬直を軟化させて「ご遺体」らしく整え、行方不明になっていた家族を探し出して慟哭する遺族に、声をかけるボランティアを志願する。

最初は呆然と観ているだけだった遺体安置所の人々は、「遺体は話しかけられると人としての尊厳を取り戻す」と語る民生委員の真心に心を動かされ、次第に協力するようになる。
各自が「今、自分にできることは何か?」と、ありあわせの材料で祭壇をつくり、泥だらけの床の掃除をして、遺族に語りかけて寄り添うようになっていった。

右が市役所職員役の筒井道隆。以前に本作を観ていたのだが、仕事を1年間休んで能登半島地震のボランティアをしていた直後に観たら、能登の人々とオーバーラップして、涙なしでは観られなかった。
西田敏行は神がかり的な芝居。
検死する医師役の佐藤浩市、身元特定のために歯型を記録する歯科医の柳葉敏郎なども、自ら被災しながらも献身的に活動をしていた医療従事者たちを観るようだ。特に秋田出身の柳葉敏郎の東北訛りが身に染みる。
僧侶役の國村隼人が遺体安置所を訪れ、読経して声を詰まらす場面では、遺体安置所の人々も合掌していたが、わたしも謹んで正座して合掌した。
この映画にでてくる遺体安置所を運営する人々もまた、家族が行方不明になっていたり、自宅が損壊した被災者で、運び込まれた遺体に友人や恩人を見つけたりもした。
映画なら地震や津波の映像を見せ場にしそうでも、本作にないのは、発災から2年目と、過去の出来事として映画化するには、あまりにも生々しすぎる記憶で、少しでも多くの人、特に被災地の人に観て欲しかったからではないだろうか?
辛い体験を肚に収めるには時間がかかるから、映画化しておけば何時かは過去の記憶として客観視できるかも知れない。
東日本大震災から15年経っても、ニュースで繰り返し流される発災時の映像に、筆舌に尽くしがたい体験が蘇って観ることができない被災者がいるのだから、そうだったら製作者の見識はすばらしい。
激甚災害で自衛隊や警察、日本医師団などの外部からの派遣がはじまるのは、最短で2~3日目くらいからだから、支援体制が軌道に乗るまでの1~2週間は、被災自治体が不眠不休になることが多いようだ。
東日本大震災で原発が爆発した数日後に、新潟県警でヘリコプターに吊るされて山岳救助をしていた甥が、南相馬に派遣された。甥はじめての子供が生まれる直前だったので、被災地の方々には申し訳ないが、無理はせず自分の命を最優先してくれとメールした。被災地支援に親族を送り出す側もまた辛いのだ。
学校や公民館などでの避難所暮らしは、仮設団地が設置されるまでの2ヶ月前後は、プライバシーのない生活になる。
以下は防災の啓発活動もしているわたしが、映画から感じ取った防災アドバイス
◎灯りについて
佐藤浩市が演じる医師が、真っ暗闇で口に咥えた懐中電灯で棚を照らす場面があるが、やはり両手が自由になるヘッドランプが便利。
震度7だと、家の中は足の踏み場もないくらいぐちゃぐちゃになるから、軽登山でつかう400ルーメン前後のヘッドライプくらいでは照度が足りず、500~800ルーメン以上の強力なLEDヘッドランプを一家に一台、トイレや日常生活用に200ルーメン前後のヘッドランプを家族分用意することが好ましい。
人が集まる所、食事にはランタンがあると便利。
また乾電池はなるべく規格を統一して、予備電池をローリングストックする。
◎情報源の確保
スマホに「NHKらじるらじる」などをダウンロードしておいた方が無難だが、スマホのバッテリーを減らさないようにも、メイン用に乾電池式の小型ラジオを常備。
◎お金(能登で聞いた話)
能登半島地震のように停電が長期化すると、商店は開いていてもレジは使えずクレジット支払いもできないから、小銭で現金支払いをしていたそうだ。
500円玉が重宝したそうだから、いざという時のために500円貯金箱を!
◎防災ハザードマップ
各自治体で公開しているハザードマップで、どんな被害があるか調べて避難路を検討しておくのは大事なのだが、常に想定をこえるのが激甚災害というもので、最低基準と考えて絶対視しないこと。
能登半島では、浸水避難地域ではないエリアも、床上浸水しているし、地震学者の警鐘にしても、評価期間内は防災行政に反映されていないこともある。
誰もが遭遇するかも知れない激甚災害。
イメージトレーニングしておけば慌てることも少ないので、ぜひともご覧ください。
投稿者プロフィール

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ヒスイの故郷、糸魚川市のヒスイ職人です。
縄文、ヒスイ、ヌナカワ姫の探偵ごっこをメインにした情報発信と、五千年前にヒスイが青森まで運ばれた「海のヒスイ・ロード」を検証実験する「日本海縄文カヌープロジェクト」や、市内ガイド、各種イベントの講師やコーディネーターをしています。





