ヤッショイ!・・・けんか祭り2026
「けんか祭り」の朝、暗いうちからお袋がモチをつき、きなこモチをつくる気配で目覚めた。

お袋は秋で90歳になるから、毎年が今年で最後の祭りの準備かな?と、お互いに暗黙の了解。

朝6時半にヒスイ海岸で禊。子供のころは野球ができるくらい広い砂浜で、江戸時代までのご先祖は塩田を営なみ、信州向けの「信州問屋」の株をもち、北前貿易の交易船を二隻を保有して、蝦夷地にも塩を送っていたらしい。

禊のあとに先祖の墓参りをするのが習わし。最初は習わしを知らずに墓参りしていたのだけど、言われなくても、そうしたくなるのが祭りだ。
一時期は18㎜の雨の予報が、当日になって回復・・・祭り開催の打ち上げ花火があがった。

先達から草鞋の履き方を習う若者。毎年繰り返されるいい風景。

草鞋の履き方は親族や先達から教えてもらうのだが、自分の足にあわせてアレンジしたりと個人差がおおきく、年に一度のことなので忘れてしまうので、祭りで走っても、はげしく競り合っても脱げず、アキレス腱などが痛くなければ正解ということにしましょw

氏子は隊列を組んで加賀街道(旧国道8号線)を練り歩く。立てた青竹は「鶏爺の竹」と呼ばれる神の依り代。

途中の商店はお神酒やモチなどで接待・・・写真は一印かまぼこ店さん。

天津神社・奴奈川神社の参道は桜吹雪。屋台の数は子供のころの半分以下になった感じ。昔は焼きソバのソースや焼きトウモロコシの醤油が焦げる匂い、綿アメとリンゴ飴の甘い匂いと、湿った神社の匂いと混じって祭り気分をたかめていて、ちょっと淋しいネ。

寺町区が登社するこころ。最初に「使い獅子」だけが走って境内にはいり、宮総代に寺町区到着を告げ、登社の許可をもらい、鳥居の前で待機している我々の所に走って戻ってきて、その旨を伝えるまで鳥居の前で待機。
そして「鶏爺の竹」で露払いしながら登社。境内の祭囃しがゆったりした「三つ拍子」から、勇壮な「勝鬨」にかわって、氏子たちがヤッショイ!ヤッショイ!と掛け声をあげて登社。この時、寺町区の男に生まれてよかったぁと思う。
よく「和を背負うからワッショイなのです!」なんて、実しやかな解説を聞くが、和を背負うなんて意味不明な日本語の後付けを聴くと、地に足がついていない頭でっかちな理屈に、笑止なり!と辟易する。
祭りの掛け声の意味なんかどうだっていい。
爺さんや親父たちが、ヤッショイ!ワッシヨイ!ドッコイ!と言っていた通りに踏襲するだけでいい。
先祖代々がやってきた通りの掛け声を出せば、フシギと胎の底からチカラが湧いてきて、自然と祖霊に想いがむかってウルウルしてくる。
小雨が途中で本降りになったが、映画「七人の侍」の決戦みたいだった。何度目の競り合い(ラクビーのスクラムのように神輿をぶつけて押し合う)で神輿が離れた時、目の前で高齢の氏子が仰向けに倒れ、安全なところに曳きずられていった。
意識不明の状態だったが、消防士の氏子や医療従事者の見物客が気道確保と心臓マッサージをしたりして意識がもどったようで、緊急搬送されていった。無事でいてくれたらいいのだが、他にも泥濘になっていたからか、指を挟まれて大怪我をした氏子も緊急搬送されたようだ。
かくゆう私は、法被がズタボロに破け、体はガタガタになったが怪我はなし。

無事に神輿の競り合いを終え、ピーヒャラ~(ドドン)、ピーヒャラ~(ドドン)、ピーピーピーピーピ~(ドン、ドン、ドン、ドンッ)の「勝鬨」の調子にあわせ、男たちはヤッショイ!ヤッショイ!といつまで囃し立てる。
誰にも教わっていないシーカヤック初心者だったころ、単独で糸魚川~青森の三内丸山遺跡までの780キロの「海のヒスイロード検証実験航海」をした時、冗談抜きで強風や波浪で週に二回は死ぬかと思う体験をしていた。
誰も助けてくれない嵐の海で生還できたのは、念仏でも真言でもなく、ヤッショイ!ヤッショイ!の掛け声だった。
最初は危機的状況になると、南無阿弥陀仏・南無妙法蓮華経・南無大師遍照金剛・オムマニペメフム・アッラーエイクバル・オムナマハシワイ・アベマリアと知っている限りの、功徳のありそうな言葉を唱え、どれが最強なりや?と試していたのだが、シーカヤック旅の中間くらいの酒田港で沖出しの強風で沖に流された時、自然とヤッショイ!ヤッショイ!と声をだしたら、あらフシギと、チカラが湧いてくるではないか。
祭りの時の仲間と一緒に漕いでいる感じ、先祖と共に在る感じがしてきて、孤独感は霧散して気力体力の限界をこえて漕ぎ続け、渦潮が逆巻く竜飛岬をこえて三内丸山遺跡まで到達することができたのだ。
こんなことがあってから、最強のナントカはこれ!なんて言葉は信じなくなり、その人の文化的背景がなんであるのかが問題なのだと考えるようになった。
先達から教えられても、自分の足に合わせてアレンジしてしまう草鞋の履き方と同じ?w
つまりは、これが宗教の枠組みの圏外にある、宗教以前の祖霊信仰の基層文化であり、文化の内実とは生存の原型、生きるチカラだと確信した次第。
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投稿者プロフィール

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ヒスイの故郷、糸魚川市のヒスイ職人です。
縄文、ヒスイ、ヌナカワ姫の探偵ごっこをメインにした情報発信と、五千年前にヒスイが青森まで運ばれた「海のヒスイ・ロード」を検証実験する「日本海縄文カヌープロジェクト」や、市内ガイド、各種イベントの講師やコーディネーターをしています。
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