2024年7月26日 / 最終更新日 : 2024年7月26日 縄文人見習い 災害(輪島漆器義援金プロジェクト・ボランティア・サバイバル) 遮光ネットの有無で室温の差は24℃もあった!・・・ビニールハウスで暮らす被災者一家 UXテレビのニュースでビニールハウスに暮らす珠洲市の畠田和美さん一家を知った糸魚川市民から、お菓子・衣類・贈り物などを託されたので、漆器販売の義援金わたしも兼ねて訪問。 家が全壊した被災者は夏物衣料を持ち出せなかった人が […]
2024年7月25日 / 最終更新日 : 2024年7月25日 縄文人見習い 災害(輪島漆器義援金プロジェクト・ボランティア・サバイバル) 本当にiPhone14PROは防水だった!・・・集中豪雨の冠水に注意! 水たまりを歩いたら意外と深くて水没!というギャグは、誰かの体験が元になっていることを身をもって学んだw 穴水町の仮設住宅で「グリーンカーテン」を施工したNPOボランティア団体に話しを聞きにいった。集中豪雨で至るところで冠 […]
2024年7月24日 / 最終更新日 : 2024年7月24日 縄文人見習い 災害(輪島漆器義援金プロジェクト・ボランティア・サバイバル) コストパフォーマンス抜群で堅牢無比なキャンプマット!・・・防災グッズに「お風呂スノコ」 わたしが車に常備しているサバイバル用品には、シートベルトとキルト製の養生マットの他にウレタン製の風呂スノコもある。 安いのに厚み2㎝もあるので、下手なキャンプマットより断熱性があり多少の凸凹も吸収してくれる […]
2024年7月23日 / 最終更新日 : 2024年7月23日 縄文人見習い 災害(輪島漆器義援金プロジェクト・ボランティア・サバイバル) 防災備品にシートベルトを!・・・重量物運搬のお助けグッズ 防災グッズとして車に常備しておいてほしいのが、なんどか紹介している解体屋で入手した廃車のシートベルトだ。 重量物運搬に重宝するので、シートベルトをつかった水をいれたボリタンクの運搬は、わたしのサバイバルワークショップの定 […]
2024年7月22日 / 最終更新日 : 2024年7月22日 縄文人見習い 災害(輪島漆器義援金プロジェクト・ボランティア・サバイバル) 遮熱シートでコンクリート表面温度がマイナス23.2℃!・・・酷暑対策DIYで被災者支援 西日が当たって暑いダイニングキッチン前にカーポートがあるので、屋根に遮熱シートと遮光メッシュシート両方をかけて比較してみた。 屋根の奥の白いシートが遮熱シートで、手前の黒いシートが遮光メッシュシート.。屋根の端に40㎝く […]
2024年7月20日 / 最終更新日 : 2024年7月20日 縄文人見習い ぬなかわヒスイ工房・ヒスイ カタチにも必然性があるってことだし、モノには内実が必要ということよbyオレ・・・石笛 ヒスイ原石は小割機でカットするが、カット能力は厚み4㎝くらいまでだから、厚み10㎝もある原石は手に持って回転させながらカットして、最後はクサビをいれて割る。 ところがこれが難しく、カット面に段差ができたりする。 半年間も […]
2024年7月18日 / 最終更新日 : 2024年7月18日 縄文人見習い 災害(輪島漆器義援金プロジェクト・ボランティア・サバイバル) 遮光か遮熱かでわかれる屋根の断熱・・・被災者の夏 梅雨明けが近いので、工房玄関のテラス屋根の内側に遮光メッシュシートを張ってみた。 UVカットのポリカーボネート板屋根とはいえ、晴天だと直下はジリジリと耐えがたい熱さ。 材木をテラスの屋根桟に挟んで渡し、古く […]
2024年7月17日 / 最終更新日 : 2024年7月17日 縄文人見習い 災害(輪島漆器義援金プロジェクト・ボランティア・サバイバル) 輪島漆器が美しいが身に付く躾の先生・・・食育に輪島漆器を ほっこりする玉木有紀子さん提供の写真。 銘々に置かれた膳で食事すると、膳の幅が「身の丈に合っている」と無自覚に感じて、居住まいも膳にあわせて衿が正されてしまうのは、漆器が身体尺を基準につくられているから。 […]
2024年7月16日 / 最終更新日 : 2024年7月16日 縄文人見習い 災害(輪島漆器義援金プロジェクト・ボランティア・サバイバル) 輪島漆器と郷土料理で「食の遊園地」を提供!・・・輪島漆器販売義援金プロジェクト 十日町市の「大地の芸術祭」を担当している新潟県職員の玉木有紀子女史が、現地からの帰路に漆器を買ってくれた。 20代からの付き合いの彼女は民俗学や考古学にも造詣が深く、会えばたちまち談論風発の仲。 人脈もひろいので、輪島漆 […]
2024年7月15日 / 最終更新日 : 2024年7月15日 縄文人見習い 災害(輪島漆器義援金プロジェクト・ボランティア・サバイバル) 非常時の心得・・・吉村昭著「三陸海岸大津波」「関東大震災」 昭和8年3月の三陸沖地震では、最大50mもの津波のせり上がりが観測され、多くの犠牲者をだした。 「三陸海岸大津波」で最も注目したのは行政支援の早さで、深夜の発災直後に警察と岩手県庁が参集して対策本部を設置し、夜明けには軍 […]