縄文人の地鎮祭?・・・「北代遺跡」から出土したクジラの骨のナゾ

富山市の呉羽丘陵の北端に位置する、中期後葉の「北代遺跡」の高床建物は、サイズから倉庫と考えられているそうだが、柱痕からナガスクジラの骨が出土している。

説明書きにあるように、祭り用の特別な建物だから埋納したのか?

あるいは建物を建てる際の地鎮祭の納物(おさめもの)であったのか?

それとも建物が寿命を迎えた時の「家送り」の儀式で、柱を引っこ抜いてできた穴を封印する納物であったのか?

ナガスクジラの骨が柱の孔から出土した1号高床建物の復元・・・もちろん柱痕以外は推定した構造物なので、糸魚川市の「寺地遺跡」のように柱を立てただけの木柱列の可能性はないのか???

柱痕が垂直の孔ではなく「内ころび」に傾いていたなら建物の可能性があるが、発掘報告書を読んでないので詳細は不明デス。

理由は定かでないが、ナガスクジラは全長20mもあり、死ぬと沈んでしまうそうだから、浅瀬に乗り上げるなどしなければ食べられなかったであろう、特別な海の贈り物を埋納したことが興味深い。

また4,000年くらい前の縄文人が、すでに地霊を畏れ敬う地鎮の概念をもっていたことが伺えるのだが、メガソーラーパネルで山を覆い尽くす現代人はどうなのか?

いろいろ考えたしまった遺物ですな。

「北代遺跡」は展示室とも無料ですが、車で5分くらいにある富山県埋蔵文化財センターがあり、すぐ近くに未製品ながら国内最古級のヒスイ製品が出土した「小竹貝塚」の遺物なども展示されていて、見所はいっぱいです。

#北代遺跡から出土したクジラの骨 #富山県の縄文遺跡 #北代遺跡 #縄文時代の高床式建物 #縄文時代の穀物倉 #縄文人の地鎮祭 #縄文人見習いの糸魚川発

投稿者プロフィール

縄文人見習い
縄文人見習い
ヒスイの故郷、糸魚川市のヒスイ職人です。
縄文、ヒスイ、ヌナカワ姫の探偵ごっこをメインにした情報発信と、五千年前にヒスイが青森まで運ばれた「海のヒスイ・ロード」を検証実験する「日本海縄文カヌープロジェクト」や、市内ガイド、各種イベントの講師やコーディネーターをしています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です