映画史にのこる名ゼリフ・・・「帰ればまた来ることができる」
以前にも投稿したのだけど、戦争映画は苦手という人にぜひとも観てほしいのが、実話をかなり忠実に映画化した「太平洋奇跡の作戦キスカ」。

米軍に包囲された孤島キスカから、無血で5,200余名を救出を成功させた、「潮っ気」あふれるハードボイルドタッチの海洋冒険活劇で、戦闘場面はキスカ島が爆撃されるくらいなのに、なんど観てもハラハラドキドキする映画。
昭和18年にアリューシャン列島のアッツ島が玉砕し、その西200海里(約370キロ)に位置し、5,200余名が守備するキスカ島も、制空権・制海権ともにレーダーを装備した米軍に完全包囲される絶望的な戦況となっていた。

アッツ島に続いて見殺しにしては、士気は低下し海軍の沽券にもかかわると、救出作戦を実行する第一水雷戦隊司令官に指名されたのが、三船敏郎が演じる大村少将。画面右から稲葉義雄と田崎潤も貫禄があり、軍隊コスプレみたいになってしまった今どきの日本の戦争映画とはリアリティが違う。
成功の公算がきわめて低い作戦の汚れ役を任された形の大村少将は、実は大きな手柄もなく、予備役寸前の窓際族的な軍人だった。
しかし大村は大言壮言せず名誉欲もない実直な人柄で、いざという時には豪胆な面もあったので、指揮下将兵からの信頼は厚かった。

モデルになった実際の木村昌福少将(終戦時は中将)は、静岡弁を丸出した地方人(民間人のこと)のような朴訥とした口調で、勇ましい言動もなかったので、「昼あんどん」と陰口を叩かれた、目立たない将官だったようだ。
作戦の要は、濃霧に隠れての救出だったが、一度目の救出作戦では、キスカを目前に霧が晴れてしまい、部下から突入を具申されても、大村は「帰ればまた来ることができる」と有名なセリフで毅然と反転帰港を下命。
血気にはやる青年将校や軍令部から批判されても大村は動ぜず、泰然自若として将棋や釣りに興じて濃霧を待ち続ける。
「待てば海路の日和あり」・・・海の男の矜持である。
二度目の作戦でキスカ湾に入港するのだが、無線封鎖で連絡手段もない濃霧の中のキスカ守備隊は、沖から迫るエンジン音に米軍の上陸と判断して戦闘態勢・・・ここから先は観てくださいナ。
なんど観てもハラハラドキドキの展開です。

大村を第一水雷戦隊司令官に指名したのが、北方海域担当の第五艦隊司令官役の山村聡で、三船の掛け合いが爽やかで心地いいが、母方の祖父がこの二人を足して二で割ったような風貌で、子どもの頃にテレビに出てくるたびに「爺ちゃんだ!」と言われては、祖父は照れ笑いをしていた。

特筆すべきは、キスカ守備隊司令官役の藤田進と、作戦参謀役の中丸忠雄が、5,200余名の命運を握る心理状態を、極端にすくないセリフと微細な演技で淡々と表現していて、さもありなんと納得できる。

荒涼とした海岸で、整然と隊列を組んで、ひたすら救出を待ちつづける守備隊と作戦参謀役の中丸忠雄。この場面が切なく、アッツ島で玉砕した親族がいるので泣けてくる
この映画の異色さは、戦争映画にありがちな、漫画チックな脚色や、激高して怒鳴りあうような場面がなく、軍人たちが会社員のように穏やかに会話していて、こんな軍人像が本当にリアルなので、鋼鉄の軍艦に油とペンキが入り混じった匂いが感じる。
それもそのはずで、土屋嘉男が演じるキスカ守備隊の先任参謀だった近藤敏直さんが、所作や言葉遣いを監修しているのだ。近藤さんはツタヤのDVDの特典映像で、越後訛りで解説しておられますぞ。
軍令部の作戦会議で怒鳴り合うように議論するリハーサルを観て、「スマートで目端が利いて几帳面、これぞ船乗り」と教育される海軍士官は、艦内で寝起きを共にする一蓮托生の仲間なので、人間関係を壊すような論争はせず、もっと紳士的なんです、と指導したそう。
三船敏郎も、うん、そうなんだと頷いていたことが、高校生の時に読んだヨット雑誌「KAJI」だか、月間「丸」に書いてあったナ。
原作は映画で平田明が演じている軍医大尉の回顧録で、関連書籍を何冊も読んだが、この映画は映画の製作上の都合から史実と違いはあっても、再現劇といっていいレベル。
奇跡の救出を成功させたのは、日本軍の訓示の文言に多かった「天佑神助を期す」といった神頼みや、「旺盛な敢闘精神」といった精神主義ではなかった。
濃霧でなにも見えないキスカ湾沖で、戦々恐々と日本艦隊を待ちうけていた米艦隊は、レーダーが捉えた岩を日本艦隊と誤認して、数時間にわたって攻撃し続けて全砲弾を討ち尽くしてしまい、補給のために包囲網を解いた空白の数日があった。
もちろん日本軍は、その空白を知らない。
映画では、緊迫感を演出するためか、その当日に大村艦隊がキスカ湾に入港して、無血救出を成功させるストーリーになっているが、実際には翌日である。
その数日後、米軍は濃霧につつまれたキスカに艦砲射撃をして、上陸して同士討ちする失態を犯している。
キスカ守備隊の士気を維持し続けた司令官や参謀たちの腐心、作戦参謀の立証主義的論考、訓練が行き届いた将兵の技量が、命も名もいらぬといった、沈着冷静な大村少将の指揮により結実し、米軍を驚愕させた「太平洋戦争最大の奇跡」を生んだのだ。
これが「潮っ気」というヤツですよ。
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投稿者プロフィール

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ヒスイの故郷、糸魚川市のヒスイ職人です。
縄文、ヒスイ、ヌナカワ姫の探偵ごっこをメインにした情報発信と、五千年前にヒスイが青森まで運ばれた「海のヒスイ・ロード」を検証実験する「日本海縄文カヌープロジェクト」や、市内ガイド、各種イベントの講師やコーディネーターをしています。






