声なき声を聴く・・・ドリアン助川原作・川瀬直美監督作品「あん」

作家のドリアン助川さんが、生きる意味について「社会のために役立つためとする反面、役に立たない人間は生きる意味がない」とする十代の言葉にショックを受た。折しも「らい予防法」が廃止されたことから、ハンセン病(らい病)をテーマにした作品の構想をねり、20年の月日を費やして書き上げたのが小説「あん」だ。

しかし世の「一隅を照らす」小説は、大手出版社から出版を断られ、ポプラ社から出版された。

映画化の話が出始めたころ、ドリアンさんは「見えないモノ、声なき声」を映像化できるのは川瀬直美監督しかいないと、小説「あん」を添えた手紙をおくって依頼。

原作を映画向きにアレンジした見事な脚本も川瀬監督によるもので、ソフトフォーカス映像を基本として、時には画面全体がぼやけた映像を差し込むことで心情を詩的表現した、とても静かな映画「あん」が完成した。

映画は世界各国で上映され、映画公開時点で原作も40か国で出版された。

14歳でハンセン病を発病して戸籍を消され、世間から隔離された療養所で暮らす主人公の徳江は、ドリアンさんが執筆時から樹木希林をイメージしていたそうだが、まさに余人をもって代えがたい配役で、樹木の遺作となった。

閑古鳥が鳴くドラ焼き屋の店長の千太郎役の永瀬正敏と、「あのぉ・・・」が口癖の女子中学生ワカナ役の内田沙羅の二人は、徳江と同じく負け組(イヤな言葉だけど)に属するのだが、登場人物たちの最低限のセリフ、ささやき合うような会話は、小豆がフツフツ煮える音、ドラ焼きの皮を返すパフという音と共に、静かな映画に寄りそう通奏低音のようだ。

わたしが特に参ってしまったのは、千太郎とワカナが療養所の徳江を訪ね、ゼンザイをふるまわれる場面だ。

徳江と共に療養所で人生の大半をすごしてきた親友役の市原悦子の声とふんわりした語り口が、なんとも心地よい。

この二人の大女優の初共演の場面は、時間にして5分ほどしかないが、療養所という名の隔離施設で、この世に存在しないかのように暮らさざるを得なかった者同士しかわからない心の機微、労りあう姿が、痛々しいほど心に刺さる。

ゼンザイを食べる千太郎が、ドリアンさんに見えてきたのだが、よくみると目鼻立ちも似ているし、この時だけドリアンさんのように後ろ髪を束ねているので、千太郎をドリアンさんに寄せたのだろうか?

それとも永瀬がドリアンさんの想いに共感するあまりのことなのか?

とにかく美しく、そして哀しい映画だ。

「こちらに非がないないつもりでも、世間の無理解におしつぶされることがあります・・・」

徳江が千太郎にあてた手紙に書かれた言葉だ。

ハンセン病にかぎらず、出身地、職業、貧困、容姿、人種などへの偏見による、いわれのない差別を受けてきた人々の、声なき哀しい想いだと思うのだ。

映画に感動した人は、是非とも原作も読んでほしい。

映画では深くは触れていない、満開の桜の意味するところや、籠のカナリアに象徴される、徳江の悲愁にくれた人生が、より深く身に迫り、小説と映画のふたつで、ひとつの作品のように感じるハズだ。

と、この投稿を草稿を書き上げた翌日、友人の医師がFacebookで、臨床結果から、らい病は「不治・遺伝病・感染する」は迷信と主張し、戦前から学会と論争をしてきた小笠原昇医師の紹介をしていて、タイミングの良さに驚いた。いつの時代にも世の「一隅を照らす」勇気のある人がいることが救いですねぇ・・・。

そして後日談・・・Facebookの投稿がドリアン助川さんの目にとまり、「あん」を書いてよかったぁとの言葉を添えてシェアして頂けた!

畏れ多いことだけど、動画サイトで公開時のトークイベントを視聴したりもして情報を集めて書いた投稿だったので、ご褒美ですネ。

映画あん #ドリアン助川 #樹木希林 #ハンセン病 #差別 #川瀬直美監督

投稿者プロフィール

縄文人見習い
縄文人見習い
ヒスイの故郷、糸魚川市のヒスイ職人です。
縄文、ヒスイ、ヌナカワ姫の探偵ごっこをメインにした情報発信と、五千年前にヒスイが青森まで運ばれた「海のヒスイ・ロード」を検証実験する「日本海縄文カヌープロジェクト」や、市内ガイド、各種イベントの講師やコーディネーターをしています。

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