考古学者たちのプロジェクトX!・・・「未来へつなぐ北沢の大石棒」

大正時代に発見されて以来、100年のあいだ安産祈願や子育てにご利益があると祀られてきた北沢の大石棒が、風雪にさらされて凍結融解作用により損壊の危機に直面・・・立ち上がった考古学たち・・・プロジェクトX!

関係者から贈っていただいた「未来へつなぐ北沢の大石棒」は、石棒を多岐にわたる視点から解説していて写真も豊富。

石棒と土偶の関係、石棒と石皿の関係、石棒と石囲い炉の関係など、門外漢のわたしでも興味をそそられる。たとえば子どもの小指ほどしかない精密な小型石棒は、戦国武将が甲冑に忍ばせた守護本尊のように、お守りにもち歩いたのか?と想像が膨らむ。

読みたい方は「佐久穂町教育委員会」にお問合せを。

わたしは二本の石棒を「預かっている」のだが、ひとつは藤沢駅構内の古道具屋で「石のコケシ」と売られていた、出所不明の赤茶色した凝灰岩製の石棒を値切って購入(救出)した代物。

「石のコケシ」は表面が崩れて赤熱しているので、石囲い炉の炉端に置かれていたらしい。インドの古い街の辻にはシバ・リンガム(シバ神の男根)と呼ばれる高さ40㎝~1mくらいの石棒が道祖神のように安置されていることが多く、根本には注いだ水を受ける茶臼のようなヨニ(女性器)と呼ばれる石皿になっていて、この組合せで宇宙を現わしていると聞くのだが、囲炉裏は火処(ホド)とも呼ばれて女陰(ホト)と同義なので、縄文中期に同じような思想があったらしい。

もうひとつは、昭和ひと桁生まれの方が子どものころに、当時は「原っぱ」と呼ばれていた長者ヶ原遺跡で拾った細長い石棒を、終活だと譲り受けたものだ。

本資料の編年によると、どちらも縄文中期後葉~後期のモノであるらしい。

長者ヶ原遺跡の石棒は糸魚川市教育委員会に寄贈するにしても、「石のコケシ」をどこに譲渡するかが気がかりなのだ。

縄文探偵としては、石棒と鰹節形大珠が、時期をおなじく中期に巨大化するようなので、ファリズム(性器崇拝)が時代のトレンドだったのか?と愚考している。

はたして長大な鰹節形大珠は、携帯用のヒスイ石棒なのか?・・・縄文探偵のプロジェクトX!w

折しも本資料をいただいた数日後に、別の研究者からヒスイ大珠の研究紀要が贈られてきたので、石棒と大珠の編年をくらべて読んでいる。

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投稿者プロフィール

縄文人見習い
縄文人見習い
ヒスイの故郷、糸魚川市のヒスイ職人です。
縄文、ヒスイ、ヌナカワ姫の探偵ごっこをメインにした情報発信と、五千年前にヒスイが青森まで運ばれた「海のヒスイ・ロード」を検証実験する「日本海縄文カヌープロジェクト」や、市内ガイド、各種イベントの講師やコーディネーターをしています。

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