アジア太平洋戦争の必敗の内実・・・「暁の宇品・陸軍船舶司令官たちのヒロシマ」

戦時中に徴用された民間輸送船の観点から、アジア太平洋戦争を俯瞰した本書は、読めば誰でも日本が戦争に負けた理由に納得できる名著。

・日本軍は長州閥の陸軍と薩摩閥の海軍は、お互いに反目しあって勢力争いしていたので、海軍は陸軍の輸送船の護衛に消極的だった。

・ヒトラーは、その仲の悪さに「日本は陸軍と海軍で戦争しているのか?」と呆れたことは有名。

・しかし陸軍内部では皇統派と統制派、海軍内では軍縮派と艦隊派と、組織内で派閥が反目しあって一枚岩ではなかったから、ヒトラーが感じた以上に事態は深刻だった。

・日露戦争のころの指導者たちは、幕末の内戦を経験したリアリストばかりで兵站が勝利の要と考え、鉄道が開通して良港に恵まれた広島市宇品に陸軍の軍港を整備し、船舶司令部「暁部隊」を設置。

・しかし大国ロシアに辛勝した成功体験は、昭和になると精神論を重視した、兵站・人命・情報を軽視する組織風土へと変容し、「暁部隊」は陸軍ヒエラルキーの最下位組織のように扱われ、上意下達で無理難題を押し付けられるようになっていった。

・本書には書かれてはいないが、日露戦争の勝利で世界の一等国となったと増上慢になってしまった日本にも、夏目漱石は「三四郎」のなかで「破滅するね」と冷徹に行く末を書いている。

・日中戦争突入時、すでに兵站を担保する輸送船が足りず、民間船を徴用していたが、民間の船員は軍属ではない「雇人」でしかなく、海没してもなんの補償もなかった。

ちなみにアジア太平洋戦争で海没死した民間の船員は6万人。

・以上の問題を重くみた「暁部隊」司令官の田尻中将は、世界で初めて上陸舟艇や輸送船の武装化を開発するなどして、海軍からも信頼が厚く「船舶の神様」と讃えられた名指揮官であったので、大本営に抜本的改善の意見具申書を出したことで罷免され、軍籍をはなれた。

・資源を求めた南進策がアメリカの逆鱗に触れ、太平洋戦争に突入。しかし輸送船団の護衛は脆弱で、最新レーダーを装備した連合軍の攻撃になす術もなく撃沈されていった。

・その一方で日本海軍は通商破壊には目をくれず、護衛する戦闘部隊への攻撃を重視していたので、「戦闘に勝っても戦争目的が果たせない」事態に自ら陥っていた。

・輸送船の枯渇は兵站のみならず、国内流通をも圧迫して深刻な物資不足とインフラとなった。

・戦争までして確保した南方資源なのに、信じがたいことに日本軍は石油タンク・倉庫・荷役システムを整備していなかった。

・そして占領地の埠頭で南方資源は野ざらしとなり、石油を運ぼうにも鉄鋼の7割を輸入していたアメリカと戦争したことでタンカーが造れず、石油を容れたゴム袋を小型船で牽引して本土まで運ぶ窮余の策も失敗。

・つまりは兵站を軽視して戦争してしまったことが裏目裏目と出て、そもそもの戦争目的が達成できず、無益な戦いをし続けていたのである。

・シンガポールでは駅前に現地人の生首を晒し、「日本軍に協力しないと首を斬る」と英文・中文・インドネシア語の看板を出したので、最初は日本軍を歓迎した占領地では、次第に人心は離れて抵抗運動がおこり、連合軍に輸送船の積荷や出航時間を通報するようになっていった。

・開戦前に陸海軍、政府はそれぞれ独自に対米英戦のシュミレーションをしていたが、どの結論も「連合軍が油断している緒戦は勝てても長期持久戦になると敗北する」であった。

それでも「ここまで来たからには開戦やむなし。戦争はやってみないとわからない」と開戦した。

以上が本書の概要の前半に書かれている、「アジア開放の聖戦」の実態である。

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投稿者プロフィール

縄文人見習い
縄文人見習い
ヒスイの故郷、糸魚川市のヒスイ職人です。
縄文、ヒスイ、ヌナカワ姫の探偵ごっこをメインにした情報発信と、五千年前にヒスイが青森まで運ばれた「海のヒスイ・ロード」を検証実験する「日本海縄文カヌープロジェクト」や、市内ガイド、各種イベントの講師やコーディネーターをしています。

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