SNSの情報より生の声を・・・新聞記事になった母の戦争体験

終戦時に小学生だった母の戦争体験が、今朝の新潟日報の社会面で記事になった。(2026年8月24日朝刊)

紙面の関係でタイトルは「オッケさん」だが、ホントは葡萄のような目の色をしたという意味の「ブンド目のオッケさん」だった。

最後の捕虜収容所の詳細は、母の記憶の前後が混乱しているので、取材時に訂正補足を兼ねて通訳していた、わたしの情報提供を追加取材したもの。

差別されていた朝鮮の徴用工の子どもと、母だけは友達付き合いをしていたことも感動的な話しだったのだが、残念ながらカットされている。

ちなみに何度も書いているインパール戦・ビルマ戦から生還した祖父は母の父親だ。

お隣の上越市では糸魚川市の半分の規模の捕虜収容所でも慰霊祭を行っているが、糸魚川では知る人はごく一部。

シベリア抑留や満蒙開拓団の経験や、中国の戦地で「強姦略奪くらいしか楽しみはなかった」と兵役体験を教えてくれた老人たちは、みんな亡くなったか、ケアホームで暮らす90歳台後半~100歳台だ。

アジア太平洋戦争の生き証人の減少と共に、SNSでは日々、歪曲された修正歴史観が拡散されている。

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投稿者プロフィール

縄文人見習い
縄文人見習い
ヒスイの故郷、糸魚川市のヒスイ職人です。
縄文、ヒスイ、ヌナカワ姫の探偵ごっこをメインにした情報発信と、五千年前にヒスイが青森まで運ばれた「海のヒスイ・ロード」を検証実験する「日本海縄文カヌープロジェクト」や、市内ガイド、各種イベントの講師やコーディネーターをしています。

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