わたしがAIを忌避する理由・・・映画「2001年宇宙の旅」
このところ「〇✕についてAIに質問してみました」といった文言を頻繁に見聞きするようになったが、惑星探査機の人工知能「HAL」が暴走して制御不能となり、ヒトを支配する事態を描いた映画「2001年宇宙の旅」が現実味を帯びてきたようでブキミに思う。

いつの間にかパソコンの検索欄に「AIモード」なるものや、Facebookにも「AIラベル」なるものが表記されるようになったが、わたしはヒトとして自立・自律して個の尊厳を守りたいから、意地でもつかわない。
SNSの映画コミュニティサイトに映画評を投稿しているが、「最近はAIで生成したような投稿が多いが、久しぶりに人間が書いた文章を読んだ気がする」とコメントをいただいた時は、同志にであったようで嬉しかった。

類人猿が謎の物体「モノリス」に触れて知恵をつけ、骨を武器にするようになるのが映画のはじまり。

やがてホモサピエンスが生態系の頂点にたち、骨の武器から人工知能へと技術革新が進み、宇宙を旅するようになった先に待っていたのは・・・。
難解な映画とする評もあるが、難解は難解のまま留保して、いつかナニかの機会にナニかに気付くのがヒトではないか?
ヒトは常に迷い、後悔と歓喜を繰り返し、考えつづけ、正解のなき世界に「最適解」を模索してきたが、そのプロセスを抜きにして人工知能に「正解」を求めてばかりいると、肝心のヒトらしさが欠落していくのではないか?
現に昨今はコンピューターの思考回路のように、左翼か右翼か、正義か悪かといった類いの二項対立的な思考しかしないヒトが増えているのではないか?
AIが人類を滅亡させると警鐘を鳴らす研究家が出てきたが、それ以前にヒトらしさを手放すなかれ、と切に思う。

続編「2010年」では、ヒトへの原点回帰であるかのように、胎児がアイコンになっている。
#2001年宇宙の旅 #わたしがAIを忌避する理由 #二項対立的に思考しはじめたヒトの末路 #モノリス
投稿者プロフィール

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ヒスイの故郷、糸魚川市のヒスイ職人です。
縄文、ヒスイ、ヌナカワ姫の探偵ごっこをメインにした情報発信と、五千年前にヒスイが青森まで運ばれた「海のヒスイ・ロード」を検証実験する「日本海縄文カヌープロジェクト」や、市内ガイド、各種イベントの講師やコーディネーターをしています。





