活かされなかった阪神淡路の教訓・・・高見裕一著「官災・民災 この国の責任」

東灘区の自宅で阪神淡路大震災にあった衆議院議員の高見裕一氏が、徒手空拳で救助活動をしつつ、関係方面に救援依頼をしつづけた十日間のドキュメント「官災・民災 この国の責任」は、激甚災害の教訓が満載だ。

「防災対策は避難訓練に参加するだけで十分!」と力説していた、元消防所長とやらに読ませたいネ。避難所にあつまって点呼をとるだけの避難訓練など、実際の激甚災害で役にたたないと思い知るから。

「激甚災害での自衛隊の救援出動は、知事の要請が必要」と、わたしは思っていたし、国会議員や自治体も含めた共通認識だと思う。
ところが自衛隊法八十三条第二項に、「・・・天災地変その他の災害に際し・・・要請を待たないで部隊などを派遣することができる」条文がある、らしいのだ。
発災当時は、高見氏も自衛隊幹部も知らなかったと本書に書かれている。

この条文が周知されてさえいれば、東日本大震災・熊本地震・能登半島地震の救援も早かったにちがいないのだが、いつも「知事の要請がないと自衛隊は派遣できない云々」と報道されてるよネ?

また国や自治体のシステムは平時に機能しても、非常時には縦割り行政がネックとなり、迅速な救援を妨げることも教訓になっているか?

阪神淡路大震災の時の総理は社会党の村山富市氏で、自民党から救援が遅いと叩かれて、政党闘争のネタにされていたが、現在の官僚システムでは自民党内閣でも同じなのだ。
田中角栄だったら「一切の責任は私がもつ!」と、省庁を横断して獅子奮迅の救援をしたかもしれないけどサ。

例えば支援物資が10トントラックで神戸市役所に運ばれたが、神戸市職員も被災者で手が回らず、避難所に届けるノウハウもなかったので、大量の食品が腐って廃棄されたそうだ。棺桶やドライアイスも市役所には山積みになってはいても、必要な人には行き渡ってなかった。

こんな時のために外部からの統合管制の支援や、NPO法人ボランティアの支援が必要なのだが、激甚災害のたびに同じことが繰り返されているのはナゼだ?

以上が本書に書かれている官災の概要だが、それでは民災とは?

高見氏が独りでは倒壊家屋の中の人を救助することができず、周囲の人々に救援を頼んだのだが・・・。

人々は自宅から必要物資を出すことを優先し、人命救助に手を貸そうとはしなかった。被災地を見物にきた中学生グループに助けを求めても、倒壊家屋を指さしてゲラゲラ笑って立ち去った。

以上が人道面のモラルの低さによる民災。

被災状況を調べに来た警官に救援を頼んでも、「個別の問題に対応できない」とスルーされた。目の前の倒壊家屋のなかに人がいて、火の手が迫っているのだから、せめて何丁目何番地が延焼しており、倒壊家屋に人が取り残されていると無線連絡するのが公徳心、道義心だろう。

そして倒壊家屋が延焼し、なす術もなく、目の前で人が焼死してゆく絶望感と無力感。

つまりは「自助・共助・公助」のどれもがなっていなかった。

元々は環境問題にとりくむ市民活動家として、有機野菜の宅配事業「らでいっしゅぼうや」を創設した高見裕一氏は、市民参加型の防災・減災シムテムの構築、自立・自律型の地域コミュニティの形成、行政の臨機応変な対応をくりかえし力説する。

未曾有の事態に「大変なことになった」と椅子に座りこむだけで、国に支援要請をしなかった神戸市長。
日ごろは威勢のいい古手市議がオロオロするばかりで役に立たなかった代わりに、若い市議がリーダーシップをとって世代交代していったそうだから、本書を要約して、浪人中の土田竜吾に読んで勉強してもらう。

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投稿者プロフィール

縄文人見習い
縄文人見習い
ヒスイの故郷、糸魚川市のヒスイ職人です。
縄文、ヒスイ、ヌナカワ姫の探偵ごっこをメインにした情報発信と、五千年前にヒスイが青森まで運ばれた「海のヒスイ・ロード」を検証実験する「日本海縄文カヌープロジェクト」や、市内ガイド、各種イベントの講師やコーディネーターをしています。

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