終戦の日・・・なんど観ても発見がある「日本のいちばん長い日」

以前に投稿した映画「日本のいちばん長い日」を改定して、SNSの映画コミュニティサイトに再投稿したら、長文なのにバズってる。

*映画でも8月15日を終戦の日としているが、実際にはポツダム宣言受諾を公表した日であって、法律上の終戦は9月2日の調印式からなので、情報が届かない戦地では戦闘が続いていたし、軍人の立場からの終戦・武装放棄は直属の上官の命令がない限りは戦争は続いていた。

時節柄、自分のアカウントに転載するので、興味ある人はぜひ!

以下は本文

はじめて「日本のいちばん長い日」を観たあとに、岡本喜八監督作品と知って、同じ戦争映画でもブラックジョーク作品、冒険活劇、実録路線と描き分けて名作を連発していることに驚いた。

1967年公開の本作は、「明治以降続いた大日本帝国の通夜であった」とする、原作の重苦しさと暑苦しさ、異様な緊張感の映画化に成功しているが、原作の魅力を映画として補完する演出も秀逸で、原作者の半藤利一さんも感心していたようだ。

それは陸軍省の参謀たちの決起に呼応した横浜警備隊長の佐々木大尉役の天本英世が、鬼気迫る芝居をした一連の場面である。

「我々はぁ~、只今よりぃ~、君側の奸のぉ~・・・」といった調子で、全共闘のアジ演説を思わせる訓示をするのだが、天本は学徒出陣で実際に会った、狂信的な軍人や全共闘をモデルにしているのではないか?

それくらいリアリティがあったし、後年に死神博士が当たり役になった天本でも、本作の佐々木大尉役はホンモノの死神のようで怖い。

天本に率いられた学生たちが、学生服に草鞋履き姿なのは、並みの監督作品でもでやるだろう。

しかし学生服の尻ポケットに折り曲げてつっこまれた岩波文庫が、当時の若者がむさぼり読んだとされる戯曲「出家とその弟子」であったり、その文庫本が突撃の際に尻ポケットから落ち、無残に踏みにじられていく場面などは、当時の若者が置かれた立場が浮き彫りになっている。

史実は横浜警備隊が決起に呼応したのではなく、徴兵前から右翼活動家だった横浜警備隊長の佐々木大尉が私設した「国民神風隊」をつかい、首都戒厳令警備を名目に集めた、個人的な襲撃事件であるらしい。

学生服の若者たちは、佐々木の母校の横浜工業高等学校生に呼びかけ応じた20名の義勇兵であって、映画が描いている「横浜警備隊の学徒兵」ではなかったようだ。

戦後の佐々木は、襲撃した鈴木貫太郎総理の遺族だかに、謝罪したオチがついているそうな。

岡本監督自身も学徒出陣組であったので、この場面のアイデアは岡本によるものか、脚本を担当した橋本忍だったのかは不明にしても、この場面のおかげで物語の奥行きが深くなっている。

何度か見直しているうちに、阿南陸軍大将を演じる三船敏郎が割腹する場面では、短刀を手にする段階から手が微かに震えていて、阿南になりきった生理的な反応なのではないか?と思う。

本作での三船は、剛毅で誠実な軍人像を基本にして、ポツダム宣言受諾の詔書に署名した後で、鈴木総理に非礼を詫びて葉巻をわたす時の澄み切った表情、割腹までの心境の変化を微細に演じ分けていて、観るたびに名優だと思う。

2015年のリメイク版は、岡本版が描き切れなかった部分を描くとしたためか、広く浅く時系列を並べたテレビの再現ドラマのような印象を受ける。

本土決戦用に陸軍が揃えた武器が、甲冑に火縄銃、槍に刀、幕末のエンフィールド銃といった古色蒼然たる武器であったことを描いているのは評価はしたいし、山崎努が演じた鈴木貫太郎首相も笠智衆と一味ちがう名演だと思うのだが・・・。

決起した陸軍省の若手参謀たちを演じた若手俳優たちは、脱毛でもしているのかヒゲの剃り跡もないツルツルな顔で男臭さがなく、エリート軍人らしい貫禄が無さ過ぎで招集兵にしか見えないのが残念なところで、軍人コスプレに感じてしまう。

戦争を知らない世代ばかりになった戦争映画は、監督・脚本家・役者ともども自衛隊に体験入隊でもしないとリアリティが出ない・・・のかも。

#日本のいちばん長い日 #映画 #終戦の日

投稿者プロフィール

縄文人見習い
縄文人見習い
ヒスイの故郷、糸魚川市のヒスイ職人です。
縄文、ヒスイ、ヌナカワ姫の探偵ごっこをメインにした情報発信と、五千年前にヒスイが青森まで運ばれた「海のヒスイ・ロード」を検証実験する「日本海縄文カヌープロジェクト」や、市内ガイド、各種イベントの講師やコーディネーターをしています。

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